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【完結】青空と海と大地ーそらとうみとだいちー
【完結】青空と海と大地ーそらとうみとだいちー
作者: 栗須帳(くりす・とばり)

001 最悪の出会い 

last update 最終更新日: 2025-04-02 19:00:01

 11月5日。金曜の昼下がり。

 男は駅のホームで待っていた。

 通過する特急を。

 * * *

 長い間自問した。

 生きる意味。理由を。

 そして辿り着いた。

 猛スピードで通過する特急に飛び込む。それが自分に残された、最後の仕事なんだと。

「まもなく3番ホームを、特急が通過します」

 アナウンスが聞こえ、静かに立ち上がる。

 顔を上げると、雲ひとつない青空が広がっていた。

 男は自虐的な笑みを浮かべ、ゆっくりホームへと歩を進めた。

 その時だった。

「ちょっとあんた!」

 突然腕をつかまれ、男はバランスを崩し転びそうになった。

 誰だ、こんなタイミングで声をかけてくる馬鹿は。

 やっと定まった決心が揺らぐだろうが。

 そう思い、男は振り返り憎しみのこもった視線を向けた。

「あんた、次にしなさいよ」

 腕をつかみ、自分をまっすぐ見つめる邪魔者。

 それは年の頃20代の、若い女だった。

「次ってなんだ? 意味が分からないぞ」

「だから、飛び込むのは次にしてって言ってるの」

「はああああっ? ますます訳が分からん。大体お前、誰なんだよ」

「誰だっていいでしょ。とにかく私が飛び込むんだから、あんたは次の電車にしなさいよ」

「いきなり人の腕をつかんでおいて、何好き勝手なことを言ってるんだよ。俺はこの列車に飛び込むと決めて、ここでずっと待ってたんだ。後から来たやつにとやかく言われる筋合いはないぞ」

「この電車じゃなきゃ駄目だって理由でもあるの?」

「ねえよそんなの。ある訳ないだろ」

「だったら譲りなさいよ」

「ならお前にはあるのかよ、この列車じゃなきゃいけない理由が」

「そんなものないわよ、当たり前でしょ。大体飛び込むなんて勇気がいるんだから、ベンチに座ってずっと決心がつくのを待ってたのよ。それでやっと決心がついて、最後にお手洗いを済ませて戻ってみれば、あんたが先に飛び込もうとしてた。割り込みよ割り込み。いいから私に譲りなさい」

「割り込みだろうが何だろうが、先に動いたのは俺だ。大体お前、この列車に決めたのは今だろ? 別にこだわりがある訳じゃないだろ? だったら俺の後にしろ」

「こだわりがあろうがなかろうが、とにかく私は今飛び込むって決めたの。男なら黙って譲りなさいよ。レディファーストでしょ」

「今から死ぬのに男も女もあるか。いいから離せよ」

「列車が緊急停止します。緊急停止します」

「え……」

「なっ……」

 アナウンスに二人が声を漏らす。

 視線を移すと、徐々に速度を落としていく特急が見えた。

 二人のやり取りを見ていた誰かが、緊急停止ボタンを押したようだった。

「マジ……か……」

「あんなスピードじゃ死ねないじゃない……」

「そこの人! 何してるんですか!」

 周囲がざわめく中、駅員がものすごい剣幕で近付いてきた。

「ヤバっ……」

 そうつぶやいた女が、男の腕をつかんだまま出口に走っていく。

「お、おい! 何で俺まで」

「いいから! とにかく逃げるわよ!」

「あ、こらっ! 待ちなさい君たち!」

 駅員が声を上げる中、男は女に引っ張られるように改札口に走っていった。

 なんてこった。

 俺、死に損ねたのか?

 こんな訳の分からん女に邪魔されて。

 と言うかおい! いい加減手を離せよ!

 そう思いながら。

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